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20
little rascal(ユーリ×エステル)

 それは、いつもと何一つ変わらない、本当に普段通りのやり取りだった。
 ただ、いつもと違った点があると言えば。
 ほんのちょっぴり、悪戯心が働いてしまった。それだけだった。


【little rascal】


「ねえ、ユーリ。エステルと何かあったの?」
「あん? 何かって何だよ? 別に何もねえけど」
 ユーリは怪訝そうな瞳をカロルへ向ける。返ってくる眼差しは、ユーリ同様訝しげなものだ。
「そうかなぁ……」
「何だ? 言いたいことがあんならはっきり言ってくれねえと分かんねえって」
「だってさぁ、こうやってユーリの傷をボクが手当てしてるなんておかしいよ。本当ならエステルが一瞬で治しちゃうのにさ」
 確かにそうだと感じながらも、全く身に覚えのないことに、ユーリは首を傾げた。

「青年。そろそろ嬢ちゃんに謝った方が良いんでない?」
「おっさん……、オレは何かあいつを怒らせることしたのか?」
「おっさんに聞かないでよ! おたくが一番よく知ってるでしょーよ?」
「知らねえから聞いてるんじゃねえか」
「冗談。で、何したの?」
「何って……、何も。――ああ、そういえば、ちっとばかしからかったかな……」
「身に覚え、あるんじゃないの。早いとこ嬢ちゃんに謝んなよ。治癒してもらえなくて戦闘中に青年の動き鈍ったりしたらこっちまで敵わんからね」
 視線の先に仲間達と談笑する少女の姿を捉えて、ユーリは誰にともなく呟く。
「一回エステルと話してみるか……」
 それが幾分深刻な事態になっているのだと気付くのに、どうやら遅すぎたらしい。

 ユーリは呆れたように溜め息を吐いた。
 エステルと話をすることが出来ない。話しかけることすら出来ない。
 名前を呼んでも反応せず、近付けば距離をとられる。目が合っても逸らされて、食事では料理を取り分けた皿を渡すのに明らかにユーリだけに声をかけてくれない。
 ――そんなに怒ることないんじゃねえか?
 少しからかっただけなのに、この扱い。そりゃあ、悪戯心に素直に従った自分も悪い。だけど、頬を膨らませて怒る少女の様子がなんだか可愛らしくて、ついついからかいたくなってしまうのだ。
 ――ま、その内機嫌も直るだろ。
 そう、高を括って、一日半エステルと口をきくことなくその日は眠りについた。

 翌日もどうやら機嫌は直っていないらしかった。ユーリは困り果てた様子で頭を掻く。と、その瞬間にユーリのいる場所目掛けて魔物が一匹、突進をしてきた。寸でのところで躱す。ちらりとエステルを見やる。魔物の動きを先程から目で追っていたのだろう。
 目がぱちりと合った。
「!」
 逸らされてしまった。さすがに傷つかないでもない。昨日感じた理不尽な気持ちなどもう心のどこにもなかった。いつもは高揚感さえ感じる魔物との戦闘にも集中力が働かない。ただ、エステルのことだけが気になって仕方無かった。
 戦闘中に構えを解くなんて、普段のユーリからは考えられない行動。しかし自分がそういったことをしていることなど全く気が付かない。
 ユーリは大股でエステルに近付く。
「エステル!」
 名前を呼ばれて初めて気付いたエステルが、ぎょっとした表情になる。仲間達も魔物との戦闘を続けながら、何事かという視線を向けている。
 魔物の死角に入ろうとするためか、はたまたユーリから距離をとろうとしたためか、エステルが走り出そうとしたのを、ユーリは逃さなかった。
「エステル、待てって!」
 咄嗟に腕を掴んだ。ぎくりとエステルの体が強ばった。
 仲間達の攻撃をかいくぐってきた魔物の一匹が、ユーリとエステルに狙いを定めて距離を詰めてくる。
「ユーリ、行ったよ!!」
 その凶悪な牙が二人の体を引き裂こうとした瞬間。
「邪魔、すんな!!」
 右手でエステルの腕をしっかりと掴んだまま、ユーリの刀が閃いた。蒼い斬撃が魔物を吹き飛ばす。
「その、悪かった。おまえがそんなに怒ってるなんて思わなかった。だから――」
「ユーリ、離してください!」
「だから、もうそうやってされんのはごめんなんだよ」
「っ、そうじゃありません! 後ろ! 後ろに来てます!!」
「あ?」
 振り向いた瞬間、見えたのはこちらに走ってくる仲間達の姿と、血のように真っ赤な魔物の口内だった。
「!!」
 鋭い痛みが全身を駆け巡った。刀を握った腕を咬まれてしまった。一度ならず二度までも、エステルとの話に割って入った無粋な存在に、身体中の血が沸騰するような感覚を覚えた。
「しつこいってんだよ!!」
 エステルの手を離すと、右手で魔物の腹に何度も何度も拳を叩き込んだ。
 やがて魔物はその場に崩れ落ち、動かなくなった。それが、この戦闘での最後の一体だった。

 骨は折れていないようだったが、肉は裂け、抉れ、肘から下は見るも無惨なものだった。
 しかしそれも、エステルの治癒術によってみるみる内に再生されてゆく。腕を包む治癒術の光は温かく、優しい。ひどく久しぶりな感覚で光を浴びながら、ユーリはぼんやりと治っていく自分の腕を眺めていた。
「で、お姫様はまだ許してくれないのか?」
 そんな言葉が突然口をついて出た。エステルは治癒術を発動させたまま、ユーリを見た。ユーリはなんだか気恥ずかしくなって、エステルから目を逸らした。自分がそれほどまでに、彼女の自分への態度に堪えていたのだということに、少しだけ驚いた。
「ごめんなさい」
「?」
「こんなにユーリが気にするなんて、思いもしなかったんです」
「ちょっと待て。話が見えないんだが……」

「じゃあ何? 意地悪されたのは嬢ちゃんじゃなくて、青年だったってこと?」
「そういうことね。彼、相当堪えてたみたいだから、結果的には大成功ね」
「ほんっと、馬鹿っぽい。見てて痛々しいったらなかったわよ」
「女の人って、怖いね……」

「ユーリの少し困ってる所を見てると、なんだか可愛らしくて……、怒った振りを続けてしまいました……。本当にごめんなさい。怒って、ますよね……?」
「…………」
「あの――」
「怒ってるに決まってるだろ」
「うう……」
「なんてな、冗談だよ。正直、ほっとしてるってのが本音だ」
 エステルが不安げにユーリを見上げる。
「かなり辛かったからな。おまえに無視されんの。もう懲り懲りだ」
「……っ! わたしも、今はもうユーリとお話したくて仕方ないです……っ!」
 ぱっと笑顔の花が咲いた。どうやら、長い長い悪戯は、二日の時を経てようやっと終わりを告げたようだった。
「意地悪なお姫様だな」
「それ、わたしの台詞です」
 遠巻きに見ている仲間達のかつての心配など何処吹く風。可笑しそうな笑い声は、穏やかな風に乗って消えていったのだった




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルの怒った様子に、ユーリは地味に困ってたらいい。でもそれって尻に敷か(黙れ)

ぽぽくーさま、駄文ですみませんが、捧げさせてください。リクエストありがとうございました!



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